バンテアイスレイ&周辺遺跡(4/26午前)

  

 サンライス鑑賞の後ホテルに戻り、朝食後8時45分にバンテアイスレイ&周辺遺跡観光に出発。
 
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道端で瓶に入ったガソリンを売っている

 

●プレ・ループ
 
10世紀末ラージェンドラヴァルマン王による建立された、ヒンズー教の寺院。境内に在る石槽で、死者を荼毘に付し、その灰で死者を描く儀式が行われたと伝わり、名の由来となっている。
 環濠は無く、東バライをそれに見立てたという説がある。外周壁はラテライトで築かれ、東西南北に塔門を備える。内周壁もラテライトで、四方に煉瓦で築かれた塔門を備え、それを抜けると、死者を荼毘に付したという石槽がある。
その先には三層の基段が重ねられており、登ると四方に祠堂がある。それに囲まれて二層の基段が重なり、最上層に中央の祠堂がそびえる。そこからはカンボジアの平原が一望できる。、

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ここも急な階段の3層の基壇

手と足を使って登る

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最上段のテラスからカンボジア平原

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降りるのも大変
下に死者を荼毘に付した石棺が見える

カンボジア平原の一面の水田

 
●バンテアイ・サムレ
12世紀中頃、スーリヤヴァルマン2世によって建立された。バンテアイ・サムレは、「サムレ族の砦」という意味で、サムレとはモン・クメール族の古語では「入れ墨」を意味し、その模様と山の上から見た田の模様が似ているところから、この地方で田を作っていた種族をこう呼んだものと推測されるとの事。
小規模だが高い塀と環堀に囲まれた砦と呼ぶに相応しい重厚な造りであった。
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中央祠堂

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祠堂上部のヒンズー様式の塔

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回廊は高い基盤の上に作られ間に水を蓄えた

外周は高い塀で囲まれ砦の様

 
●バンテアイ・スレイ
 バンテアイは砦、スレイは女で、「女の砦」を意味する。大部分が赤い砂岩により建造されている。規模は小さいが、精巧で深くほられた美しい彫刻が全面に施されている。「アンコール美術の至宝」などと賞賛されている。中でもデヴァターの彫像は「東洋のモナリザ」とも呼ばれている。
 967年、ラージェンドラヴァルマン王が臨席する下で着工式が行われ、息子のジャヤーヴァルマン5世の代に完成する。建立は、近くの土地を領し王師を務めていたヤジュニャヴラーハが行った。
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城門の上の精巧な彫刻

中央祠堂

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静かな寺院の中で子守

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参拝者の花を集めてサミンガを作る少女

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「東洋のモナリザ」と呼ばれるデヴァター像。
思ったより小さく、柵があって近づけないので、モナリザに似ていると言われる美しい顔ははっきり見えなかった。

中央祠堂の前面と背面、それぞれ左右に4体あり、この写真は背面の右側の像。

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