カンボジア雑感

  

  今回アンコールワットを旅して、短い間であったがカンボジアの生活・文化・歴史の一端に触れることが出来た。 気の付くままに以下にに紹介して見たい。


●入国ビザ

アンコールワットのあるカンボジアは、ビザが必要である。  
取得の方法は
・在日カンボジア大使館で取得(2800円)
・現地の空港で取得(20ドル)
・インターネット経由でe−Visa取得(25ドル)

カンボジア大使館(赤坂)まで出向くのも面倒(申請と受領の2回出向かなければならない。 郵送申請も受け付けているが+1800円(手数料・送料)と高い)。
 
現地での取得が最も安いが、到着便が混んでいると時間が掛かる心配がある。

e−Visaはトラブルが多い(怪しいサイトが幾つかあるとの事)

いろいろと迷った挙句、公式サイトと言われいるカンボジア外務国際協力省にアクセスしe−Visaを取得した。 オンラインでの申請は簡単で10分も掛からないでe−Visaが送られて来た。 あまりに簡単なのでこれで大丈夫かなと心配していたが、シェムリアップ空港では問題なく入国できた。

アンコールワットの様な貴重な遺跡があり、観光客も多いのでだから早くビザなしにして貰いたい。

大丈夫と分かっていてもビザが必要となると入国が面倒である。

●ホテル

今回泊まったボレイアンコールホテルは一応4星、シェムリアップの中でも上から2番目位のランクでクメール様式を取り入れた部屋は落ち着いた雰囲気で良かった。
スタッフも礼儀正しく、入り口のドアーには民族衣装のドアーマンが扉を開けてくれる。
部屋も清潔で気持ちよかった。 ただ「地球環境に配慮して」との但し書きがあってベッドのシーツなどのリンネンは4日間ごとに交換するとの事であった。 シーツはともかくバスタオル・ファイスタオルは一日2回もシャワーを浴びる暑い所だけに、毎日交換して欲しかった。

その他、細かいトラブルとしては、最終日の出発前に部屋の金庫が暗証番号を何回入力しても開かなくなり、フロントにHELPを頼んだ。 スタッフが来て何度か試したがやはり開かない、終いには鍵束を持ってきて順次試してやっと開ける事が出来た。 どうも金庫にセットされている乾電池が古くなり弱っていたのが原因らしい。出発前の忙しい時間だけに、金庫の中の航空券・お金が取り出せなかったらどうしようかとあせった。

細かいトラブルはあったが、朝食のビュッフェも品数豊富で美味しかったので満足

 
ボレイアンコールホテル

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 エントランス前の噴水

 カンボジア民族音楽でお迎え

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清潔でクラッシックな部屋

バルコニーから

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プールサイドはリゾートホテルの雰囲気

プールサイドのレストラン

 
●カンボジアの子供たち
 貧しいお国柄か、観光地での子供の物売りが多い。 車から降りるとTシャツやら扇子・絵葉書・スカーフなどを手に持ち、観光客に付きまとう。 日本語を覚え「おにいさん安いよ2枚で5ドル!」と付きまとってくる。
未だ小学校低学年と思しき子供たちに対し、可哀想と言う感情は抑えきれないが、これに負けて一人でも買ってしまうと、その周りにいる子供たちが一斉に集まってきて、集中攻撃となる。
心を鬼にして無視、決して目を合わさないで一目散に進むのが一番と悟った。 一度5歳くらい?の女の子にTシャツを薦められ、丁度汗で着替えが欲しいと思っていたところで、僅かに心が動いたら200m以上付きまとわれて参った。 結局買わなかったが、なんて非情な人間だろうと自分を責める気持ちになった。

 こんな子供たちの学校はどうなっているのだろうとガイドに聞いてみたら、カンボジアの学校は2部制になっており、学校に行かない時間に物売りをしているとの事。 一日10ドルも売れれば親の生活の助けになるとのことであった。 トンレ・サップ湖であった船頭の子供はじめカンボジアの子供たちは良く働く。

  

●交通事情

 シェムリアップ周辺の主要道路は舗装されており、まったく渋滞はない。 車が少ないのと信号が無い。
以前はまったく信号がなかったが、バイクの事故が多いのでシェムリアップ市内に一箇所信号が出来た。
ガイドがそこを通る度に、「あれが信号です」と案内するのは面白かった。

車は圧倒的にトヨタ車が多かった。 右側通行なので何処かで改造しているのであろう。 ナンバープレートのない車も多く、現にわれわれが乗ったマイクロバスもナンバープレートが無かった。これで良いのであろうか?

バイクは兎に角多い、それも3人乗り、4人乗りは当たり前。 一度小学校高学年と思われる10歳くらいの男の子が、兄弟と思われる子供たち2人を乗せ、3人乗りで通り過ぎたのには驚いた。 カンボジアではバイクは免許がいらないとの事で、何歳でも乗れれば乗ってよいとの事であった。
殆どがホンダのカブであった。 日本のバイクも4人も乗せて走れるとは素晴らしいと感心させられた。

  
●不幸な国カンボジア
 かってはクメール王朝時代現在のタイ、ベトナム、ミャンマーを含むインドシナ半島全体に版図を広げた王国も、相次ぐ民族間の戦争で分裂し、ヨーロッパ列強が進出してくるとフランスの植民地になり、太平洋線戦争では日本軍が侵攻し、戦後独立したが、ベトナム戦争の巻き添えでアメリカの空爆を受け、国内ではポルポト政権下で200万人とも言われる虐殺が行われ、それに反対する勢力との抗争で内戦が続き、やっと政治的に安定したのはつい10年ほど前の事である。

 この様に外部からの侵略と内戦で疲弊したカンボジアはかってのアンコール王朝の偉大な遺跡を持ちながら、いまでは貧困にあえぐ不幸な歴史をもつ国と言える。

 今でも地方では、内戦時代の地雷が残っており、子供たちが被害にあうことも珍しくないといわれる。 今回アンコールワットを訪ねてその偉大さに感動を覚えたが、反面貧しさにあえぐカンボジアの人々に接し、一日も早く平和な国になる事を願わざるを得なかった。

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